【いじめから逃げもいい】と思う『3つの理由』いじめは犯罪です。

人間関係

今の日本の法律だと、いじめを立証して刑を与えるのは難しいのが現状です。

ですが、犯罪に変わりはありません。

いじめは、一生のトラウマになります。

いじめとは、犯罪のひとつであり、自尊心を損なわせ弱体化させることを目的とした、執念深い、冷酷な、あるいは悪意のある企てによる、長期に亘って繰り返される不快な行為である。複数人対1人という構図であり、被害者は人間関係に一生のトラウマを抱え、再起不能(引きこもり、自殺)となる場合もある。

wikipediaより

この表現は、すごく的を得ていると思います。

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世間のいじめに対するイメージ

いじめに対するイメージ

いじめられる方にも原因がある?

よく「いじめられる方にも原因がある」と言う人がいます。

恐らく当の本人も、「自分にも原因があるんだ・・・」と思っているはずです。

けど、僕は決してそうは思いません。

どんな理由があろうと、いじめていい理由にはなりません。

人格を否定するなんて、同じ人間がしていいことではないからです。

日本のいじめに対する捉えかた

いつも違和感がありました。

いじめられる方が、学校に溶け込めずに、どこか劣っている者として扱われることにです。

アメリカでは、いじめる方に精神的な問題があるとして、カウンセリングしたり、転校して環境を変えるそうです。

この考え方に納得しました。

日本は、いじめられた方が転校して、逃げて身を守らなくてはならない。

人間として問題があるのは、いじめている方だという認識がない国だと思います。

いじめはありませんでしたの違和感

いじめを苦に自殺したというニュースが流れるときに、学校側が会見をしますが、そのときに感じる違和感です。

生徒にアンケートを取って、いじめが本当にあったかのか調べます。

結果「いじめはありませんでした」という回答は、まったく意味がわかりません。

自殺した本人がいじめだと思えば、いじめです。
あったか、なかったかではありません。

遺族の方のインタビューを見ると、どれほど無念であったかと悲しくなります。

いじめから逃げてもいい理由

いじめから逃げてもいい

学校がすべてではない

学生のころは、学校が社会のすべてです。

ただし、いくら学生にそれを言っても実感が湧かないと思います。

社会に出て、はじめて自分が狭い世界に生きていたことが分かります。

世界は広いです。
まだ出会っていないひとが、山ほどいます。

絶対にあなたのことを理解してくれる、認めてくれるひとがどこかにいます。

ひとりで頑張る必要はない

いじめに対して、ひとりで頑張る必要なんてないです。

周囲を巻き込むべきです。

先生や親に助けを求めることは、まったく恥ずかしいことではありません。

頼りにならないと決めつけていた人たちが、今の苦しい状況を変えてくれるきっかけを作ってくれるかもしれません。

助けを求めて役に立たなければ、そのときに次の一手を考えればいいんです。

「どうせダメだろう」
ではなく、「とりあえず言ってみる」うまくいけばラッキーくらいに思ってみましょう。

その手がダメなら、転校したり環境を変えたらいいんです。

無理に仲良くしなくていい

「学校に居場所が無い子に、言ってあげられる事はありますか?」

という質問に対して、THE BLUE HEARTSの甲本ヒロトさんが言っていたことに、感銘を受けました。

居場所あるよ。
席あるじゃん。
そこに黙って座ってりゃいいんだよ。

友達なんていなくて当たり前なんだから。

友達じゃねぇよ。クラスメイトなんて。

たまたま同じ年に生まれた近所のヤツが、同じ部屋に集められただけじゃん。趣味も違うのに、友達になれるわけないじゃん。

山手線に乗ってて、「ハイ。この車両全員なかよく友達ね」
って言われても、「いや。偶然いま一緒に乗ってるだけなんですけど・・」って。

友達じゃねぇよ。

ただ、友達じゃないけどさ。
けんかせず、自分が降りる駅まで、平和に乗ってられなきゃダメじゃない?

その訓練じゃないか?学校は。

友達でもない。
仲良しでもない。
好きでもない連中と、けんかしないで平穏に暮らす練習をするのが学校じゃないか。

だからいいよ。友達なんかいなくても。

YouTube【名言】甲本ヒロトが語った言葉に涙する。より

ものすごく納得しました。

「仲良くしなくてもいい」

これは、今いじめで悩んでいる子がいたら、絶対に届いてほしい言葉です。

最後に

環境を変えてもいい

正確には「逃げてもいい」ではなく、「環境を変えてもいい」です。

環境を変えてもいい理由
 ①学校がすべてではないから
 ②ひとりで頑張らなくていいから
 ③無理に仲良くしなくていいから

僕は学生のころ、いじめられたことはありません。

ただし、自分がゲイだと中学生のとき気づいてからは、バレたらいじめられるという恐怖が常にありました。

高校は卒業しなければならない。という気持ちがあったので、高校には行きましたが、

友達をつくることをやめました。

バレていじめられるくらいなら、自分という存在を消そうと思いました。

いてもいなくてもわからない「空気」になろうとしました。

なので、入学当初はクラスメイトから話しかけられても、素っ気なく返して、友達にならないようにしました。

けど、数ヵ月経つと、ひとりがツラくなりました。
やはり、寂しくなるんです。

どんなに素っ気なくしても、話しかけてくれるひとがいました。そのひとにハッキリと「友達になろう!」と言われました。

それからは、バレないように注意しながら、数人の友達が出来ました。

数ヵ月ですが、ひとりのツラさが分かります。

一日何度も、「自分はひとり」を実感する気持ち。
休み時間に寝たフリをしたり、自分の席で本を読んだり、図書室に行ったり、その度に「ひとり」を実感します。

わざと空気になろうとしたけど、本当に誰にも見えていないのかもしれない。というジワジワ感じる恐怖心も体験しました。

いじめられた経験がある人は、人の痛みに敏感になります。
その分、人にやさしくなれます。

自尊心を傷つけられ、一生のトラウマになる前に、どうか環境を変えてください。

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